SPECIAL TALK

室伏 由佳 YUKA MUROFUSHI

2004年アテネオリンピック 女子ハンマー投日本代表

山本 英弘 HIDEHIRO YAMAMOTO

朝日大学体育会会長

SCROLL

SECTION 01

スポーツは、ジェンダーの ローモデルになれる。

スポーツ界のエリートとして生まれ育ち、オリンピックにも出場。円盤投とハンマー投、2種目の日本記録保持者である室伏由佳。輝くような女性アスリートとしての道のりには、人知れぬ大きな困難があった。困難の先にあるものを、朝日大学体育会会長山本英弘と語り合う。

東海地区の環境と
人に生かされた
  • 前回はスポーツコメンテーターの宮嶋泰子さんにご出演いただいたのですが、宮嶋さんにご招待いただいた女性スポーツの研究会で室伏さんとお会いできました。
  • スポーツによって縁がつながりましたね。私は学生時代、東海地区に拠点を置いていました。朝日大学さんとは同じ地区のスポーツ仲間という意識を持っています。
  • 陸上競技との出会いを教えてください。
  • 父はオリンピック4大会代表(※1980年モスクワ大会はボイコット)の陸上選手でしたが、私が陸上を始めたのは中学の部活からです。
  • その頃から頭角を?
  • いえ、中学総体5位が最高。高校には推薦入試でしたが、しっかりと受験勉強をし、入学しました。その高校で陸上をやりたいと思い、懸命に勉強することで受験を突破。やればできるという体験の原点になりました。高校時代は全国大会で一度も優勝していません。ランキング1位なのに大会では負ける、メンタルに弱さがあったと思います。
  • 室伏さんの実績を考えると意外ですが、高校までの成績よりも、その後の伸びしろが大切なのだと思います。
  • 全ての学生アスリートが大きな可能性を持っています。朝日大学さんは、施設の充実ぶりが素晴らしいですね。
  • 種目を絞り重点的に強化しています。オリンピアンの指導者を招いたり、各競技専用の施設を用意しています。
  • 環境と指導者はアスリートにとって大切です。私も東海地区の環境と人に生かされて成長することができました。

大学時代、
輝きの始まり
  • 大学に入ってからの活躍には目を見張るものがあります。インカレでは4連覇されていますね。
  • 高校時代にあまり成功できなかったことがかえってよかったのだと思います。満足していなかったからこそ頑張ることができました。大学では教員免許状を取るための教育実習などもあり、少しずつ自分の将来のことなども考えながら、いろいろなことに挑戦しました。
ハンマー投への
チャレンジ、
栄光と影
  • シドニーオリンピックから女子のハンマー投が競技として採用されました。その頃からお父さんやお兄さんと同じ種目であるハンマー投に挑戦されています。同時に、慢性的な腰痛など、スポーツ障害との闘いがあったと聞いています。
  • 投てき競技は身体に大きな負担がかかります。ジェンダーという言葉は「社会的・文化的な性差」と訳されますが、筋肉率は女子の方が少ないのは事実。競技に集中するとともに、少しずつ身体にひずみも生じてきます。2004年アテネオリンピックにハンマー投で出場した翌年から引退する2012年までの間、急性腰痛症を発症し続けました。
  • オリンピックに出場したアスリートがトレーニングもできない。これほどつらいことはありませんね。
  • 特に不安だったのが、痛みの原因がはっきりと特定できなかったことです。腰椎椎間板ヘルニアの膨隆所見はありましたが、歩行困難となるような痛みは病態ではないとされていました。
  • 普通であれば競技をやめてしまう人もいると思います。室伏さんを支え、希望の光を与えてくれたものは何だったのですか。
  • 現役を引退する1年前の2011年、現在の脊椎専門医の主治医に原因特定をしていただいたことです。深刻な腰痛の原因は、左足を軸として回転する円盤投とハンマー投の影響によるものでした。左腰椎の椎間関節に変性が生じ、椎間板ヘルニアの膨隆とともに神経を圧迫し、脊柱管狭窄症であることがわかりました。原因がわかったことで精神的に解放され、適切な対症療法を受けながら痛みを取り除き、2012年ロンドンオリンピック選考会に出場するまで競技を継続できました。ロンドンオリンピックには出場できませんでしたが、生涯付き合うからだであることを考え、選考会と同じ月に変形した関節を削るなどの大手術を行いました。それから現在まで、日常生活を満足に送ることができています。

世の中に意味のない
ことなどない
  • 本当につらい体験をしましたが、解決策を見つけ出そうと努力したことや、自分を高めたいという気持ちが私を支え、糧になっていました。医学とのつながりもできて、今ではあの期間があってよかったとさえ思えるようになりました。
医学がアスリートに
できること
  • 朝日大学は3つの医療機関を持っています。キャンパス内の附属病院にはスポーツ整形外科があり、アスリートをサポートしています。今後は女性アスリートのサポートにもさらに力を入れていきたいと思います。
  • 全国でも有数の取り組みだと思います。女性アスリートにとって医学のサポートがあるということは、大きな強みです。競技のパフォーマンス面だけでなく、学生生活の質も向上させてくれると思います。現役時代の私は、腰痛だけでなく貧血や婦人科疾患(子宮内膜症)も発症しました。婦人科疾患については、2009年にアスリートとしてはおそらく私が初めてメディアに発表をしました。当時は、アスリートを取材するメディアの方に婦人科の問題について正確に報道する術がなく、中には間違ったニュアンスで書かれるということもありました。
  • 日本でも女性アスリートの問題から目をそらしていた時代がありましたから。
  • 私が公表した時期とちょうど同じく、国立スポーツ科学センターで婦人科サポートについての対応を検討し始めるタイミングで、情報共有をさせていただき、私もJOCの女性マルチサポートを受けることにつながりました。その後、様々な意見交換から、女性のコールセンターの設置などが始まりました。実際に様々なサポートやスポーツと婦人科の研究が進んでいます。あのとき、私自身の体験を公表してよかったという気持ちになれました。
女性アスリートを取り巻く
環境は好転している
  • 紀元前の古代オリンピックは女人禁制でした。数千年の時をこえて1896年に開催された近代オリンピックの第1回アテネ大会でも、女性は競技に参加することができませんでした。近代オリンピックの父と呼ばれるクーベルタン男爵でさえ、女性のスポーツ参加に消極的だったと言われています。それからたったの百年で、時代は大きく変わり、多くの女性アスリートが活躍するようになりました。若い女性アスリートを取り巻く環境は少しずつよくなっていると思います。
  • 朝日大学でも、男性と女性の違いをしっかりと理解した指導者の養成を進めていきたいと思っています。

SECTION 02

オリンピック・パラリンピックへの挑戦が全てのアスリートの成長を促す。

メダルをめざす人、出場をめざす人、趣味でスポーツを行う人、学生、子どもたち。みなさんが目標を持って、スポーツに取り組んでほしい。

置かれた環境が、
人の可能性を
引き出すこともある
  • さて2016年にはリオ、その4年後には東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。朝日大学や岐阜県でも、オリンピック出場をめざしてトレーニングに励むアスリートがいます。室伏さんのオリンピックにおける経験を教えてください。
  • 2004年アテネオリンピックに女子ハンマー投で出場しました。自分が4年間取り組んできたことの集大成を表現する場所ですから、非常に楽しい経験でした。オリンピックは、メダルや入賞をめざす人もいますが、とても難しい挑戦です。私はまず出場をめざすところから始めました。
  • 各競技で選考会が行われ、そこでのエピソードは大きく報道されます。
  • コーチの父と綿密な計画を立て、パフォーマンスが高まっていき、オリンピックに出場できるぐらいまでの力が備わっていきました。2004年6月、選考会である日本選手権に臨み、自己新記録、大会記録で初優勝したのですが、ほとんどの選手が選出される一次選考では落選をしました。
  • 優勝したのに出られない?
  • 国際陸上競技連盟で当時定められていた参加標準記録AとBがありました。A記録を決められた期限内に出して、選考会で優勝すると内定します。B記録は、若手や伸び盛りの選手、そして、出場をして決勝に臨める期待がかかる選手が選ばれます(※現在はA・B統一の記録)。陸上全体で枠があり、残りは6名、そして期間は選考会からおよそ1ヶ月後が締切でした。眠れないような日が続いたのですが、最初の選考会から2週間後、日本記録を出すことができたのです。円盤投に続き、2種目の日本記録となりました。伸び率が評価され、オリンピック選出に至りました。
  • 厳しい環境に置かれたことで、室伏さんの可能性が引き出されたのですね。
  • 自分ではない人が立てた高い目標に向かって、あらゆる準備をして努力を積み重ねていく、悔いが残らないように出しきることが大切です。高い山をいきなり乗り越えることはできませんが、一歩ずつ前進することはできます。
  • スポーツだけでなく、人生の全てにおいて参考になりますね。

アンチ・ドーピングで、
日本は世界の
お手本になれる
  • メキシコオリンピックのサッカーで日本が銅メダルをとったことは知られています。同時にフェアプレーをたたえる賞をいただいたことに着目し、学生に話をしています。日本のスポーツには正々堂々としたクリーンさがあります。
  • おっしゃる通りです。過去、日本のオリンピアンにドーピング違反者がいないことが、2020年東京オリンピックが決定した大きな要因のひとつです。日本では部活動など、教育の中にスポーツがあることが多いと感じられます。その気質から、スポーツを商業的に捉えていない面があり、おそらくクリーンアスリートが多くいることに繋がっているのではないかというのが、私の思うところです。スポーツに力を入れている大学はもちろん、一般の方も含めた社会通念として、日本からクリーンなスポーツの在り方を教示することができるのだと、自信を持って世界に発信してほしいと思います。
  • 朝日大学では体育会の全ての1年生に、入学時にアンチ・ドーピングの話をします。高校までは何も気にせずやってきたかもしれない。だけど市販薬の中にも対象成分が入っている可能性がある。一流をめざすからこそ学ばなければいけないのだと。
  • そうした取り組みが、日本でのオリンピックを、よりすばらしいものに高めていくと思います。一緒にがんばっていきましょう。
  • 本日はありがとうございました。

PROFILE

山本 英弘Hidehiro Yamamoto
愛知県出身。中京大学大学院体育学研究科修士課程修了。朝日大学経営学部教授・体育会会長。主な担当授業科目はスポーツ生理学、コーチング論、運動学。公益財団法人 全日本ボウリング協会理事・強化委員会委員長。

PROFILE

室伏 由佳Yuka Murofushi
静岡県生まれ。2006年中京大学大学院体育学研究科・博士課程後期満期退学。2004年アテネ五輪女子ハンマー投日本代表。トップアスリートとして、また腰痛をはじめとした慢性的な疾患の経験を通して、スポーツと医学のつながりに関する講演の講師を務める。日本陸上競技連盟普及育成委員、JADA日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員。